会社のサーバには、鍵がある。家の玄関の鍵と同じで、持っている人だけが中に入れる。違うのは、1つの家に何十人も出入りし、鍵の持ち主が毎年入れ替わることだ。
当社は、この鍵を「配らない」運用に変えた。社員に配る鍵は物理のYubiKey(入社時に渡し、退職時に回収)。お客様から預かった鍵は、作業者の手元に置かず、必要なときだけ取りに行く。ここでは、その仕組みを家の鍵に置き換えて説明する。技術的な詳細は、エンジニア向けのコラムに書いた。
合鍵を配ると、何が困るのか
家の合鍵を10人に配ったとしよう。街に10本の合鍵が存在することになる。誰が持っているかの一覧を作り、退去のたびに返してもらい、なくしたら鍵穴ごと交換する。交換すれば、家中の鍵が新しくなる。
サーバの鍵も同じだ。配った数だけ、複製の可能性が増える。しかもデジタルの鍵は、返してもらったつもりでも、コピーが残っていないことを証明できない。ここが一番厄介な点だ。
だから当社は、社内のサーバについては鍵を配らない。物理の鍵(YubiKey)を1人1本にして、入社時に渡し、退職時に回収する。鍵の中に秘密の情報が入っていて、外に取り出せない。人が辞めれば、鍵ごと返ってくる。
預かった鍵は、どこに置くか
自社の話はこれで片づく。難しいのは、お客様の家(サーバ)の鍵を預かるときだ。預かった鍵の置き場所は、大きく3つに分かれる。
- 管理用のサーバに置いて、担当者全員が使う(共用のキーボックス)
- 作業のたびに自分のPCの所定のフォルダに置く(作業員のポケット)
- 各担当のPCに置いたままにする(自宅の引き出し)
どれも「複製できる場所に、鍵の形で置いてある」という点では同じだ。キーボックスを決めても、ポケットに入れないことは、ルールでは決められても、実際には保証できない。
鍵を持たずに、ドアを開ける
そこで当社は、鍵そのものを持たない形にした。預かった鍵は AWS Secrets Manager という金庫にしまっておく。作業者は金庫の場所も暗証番号も知らない。専用のコマンドを1回打つと、裏で金庫から鍵が出てきてドアが開き、使い終わると鍵は戻る。
金庫を開けられるのは、社内の決められたネットワークに入っている端末だけ。そのネットワークに入るには、本人の認証と端末の登録が要る。外から金庫に触ることはできない。
どの鍵でどのドアを開けるかは、サーバー側の対応表が決める。作業者は住所(接続先)を指定するだけで、鍵を選ばない。鍵の名前も置き場所も、作業者には見えない。
遠回りが必要な建物も、1回の依頼で
ビルによっては正面から入れず、裏口の管理人室を通らないと目的の部屋に行けないことがある。サーバの世界では「多段SSH」と呼ばれていて、以前は「まず管理人室に入り、そこから目的の部屋へ」と2回操作していた。
いまは行き先を指定するだけで、裏口の鍵も自動で用意され、経路も組まれる。作業者は、建物の裏事情を意識しなくてよい。
入退室の記録が残る
鍵を持たせない運用の副産物として、記録が残る。誰が、いつ、どこに、どの鍵で入ったか。ドアを開ける直前に記録され、作業画面に受付番号が出る。
ビルの入退室記録と同じだ。問題が起きたときに「誰がいつ入ったか」を、記憶ではなく記録で説明できる。鍵の持ち出しと入室の記録が同じ場所にあるので、突き合わせも簡単になる。
変わったこと、変わらないこと
良くなったこと。
- 合鍵の配布・回収・交換の手配が減った
- 退職時の鍵の棚卸しが、物理キーの返却で済む
- 新しい担当者が初日から同じ手順で入れる
- 鍵がどこに何個あるかを、一覧で答えられる
変わらないこと(残る手間とリスク)。
- 金庫と対応表の管理は必要(誰がいつ更新したかを含む)
- 端末そのものが乗っ取られたら、正規の手順で入れてしまう
- 金庫が止まれば作業も止まる(だから冗長化と、手元の手順を用意している)
鍵を配らないことは、鍵が漏れないことと同じではない。金庫の権限と記録が効いているかを、定期的に見続ける必要がある。
導入を考えるときの3つの質問
同じ形を作るかどうかを決める前に、次の3つに答えられるかを見てほしい。
- どのサーバに、どの鍵を使っているかを、一覧で説明できるか
- 担当者が変わっても、同じ手順で入れるか
- 鍵を使った記録を、あとから出せるか
どれか1つでも「できない」なら、鍵の置き場所を変える前に、台帳と手順を整える必要がある。道具を先に買っても、鍵の管理は良くならない。
RHEMS Japanが支援できること
当社は、この形を作った経験をもとに、鍵の管理と入室の記録を整える支援をしている。預かった鍵の置き場所の設計、誰がどのサーバに入れるかの整理、記録の残し方、そこへ移るまでの手順だ。
「合鍵をどう配るか」ではなく「合鍵を配らずに済ませられないか」。預かった鍵の扱いに悩んでいる方は、お問い合わせください。
参考
技術的な仕組み(YubiKey・Secrets Manager・多段SSH・記録の取り方)は、エンジニア向けのコラム「SSHの鍵を作業者に渡さない」で詳しく書いています。
AWS「AWS Secrets Manager」— 秘密情報の保管・アクセス制御・取得履歴
本記事は2026年10月時点の当社の運用に基づいています。接続先・鍵の名前・対応表の中身など、構成の詳細は公開していません。